タイプb: 本稿は、淑徳大学経営学部の斎藤智文氏による研究ノートであり、2018年3月に『淑徳大学 教育学部・経営学部研究年報 創刊号』に掲載された。本稿のテーマは「『働き方改革』の本質は『働きがいのある会社』を実現する組織開発」である。著者は、当時日本で政府主導により推進されていた「働き方改革」の実態を整理し、1980年代の「時短」運動との比較を通じてその本質的な課題を考察し、最終的に「働き方改革」の真の成功は「働きがいのある会社」の実現にあると提言している。以下に本稿の主要な論点を詳述する。
第一の論点は、「働き方改革」の現状とその中心的な取り組みが労働時間の短縮に偏っているという認識である。著者は、hr総研による2016年の調査データを引用し、全体の76%の企業が「働き方改革」に取り組んでいる、または取り組みを検討中であるという事実を示した。特に大企業ではその比率が83%に達している。その具体的な取り組み内容を見ると、「労働時間の短縮」が81%、「休暇の取得促進」が68%を占めており、多くの企業が「労働時間短縮」を最大のテーマとしていることを明らかにした。この現状に対し、一部には「それだけではない」という批判も存在するが、著者は自身の過去の研究経験、すなわち2005年から2009年にかけて延べ数百社、3万人以上の従業員アンケートを分析した結果を踏まえ、この動きを肯定的に評価している。その分析では、日本人の働きがいを損なう最大の要因が「長時間労働」の常態化と「有給休暇」の取得しにくさであることが判明しており、フレデリック・ハーズバーグの動機づけ・衛生理論(Motivation-Hygiene Theory)に照らし合わせると、これらは最大の衛生要因(Hygiene Factors)を損なうものであった。したがって、まず労働時間の短縮と休暇取得の促進から着手することは理にかなっていると主張する。
第二の論点は、1980年代の「時短」運動との類似性とその失敗からの教訓である。著者は、1987年の労働基準法改正による法定労働時間の週48時間から40時間への短縮を契機に「時短」が国家的なブームとなった歴史的背景を解説する。当時の「時短」は、日本の貿易黒字拡大に伴う欧米諸国からの「日本人の働きすぎ」への批判や、国内での過労死問題の深刻化というコンテキストの中で叫ばれた。著者は、当時、社団法人日本能率協会に所属していた自身の経験から、現在の「働き方改革」の熱気が当時の「時短」ブームと酷似していると指摘する。しかし、1990年代初頭のバブル経済崩壊とその後の人員削減により、この「時短」運動は失敗に終わった。黒田祥子(2010)の研究を引用し、タイムユーズサーベイ(Time Use Survey)を用いた分析によれば、1986年と2006年の20年間で日本人の平均労働時間は統計的に有意な差がなかったという結果を提示する。つまり、労働時間の短縮という表面的な目標だけを追求し、実質的な生産性向上を伴わなければ、改革は失敗するという歴史的事実を論拠として示している。
第三の論点は、「働き方改革」成功のために不可欠な要素としての「生産性の向上」と、「効率(Efficiency)」ではなく「能率(Efficiency in terms of time)」という概念の復活の必要性である。著者は、労働時間だけを短縮すれば、日本全体の価値生産が縮小してしまい、改革は頓挫すると警告する。ここで重要なのが「効率」と「能率」の概念の峻別である。「能率」とは一定の時間でこなせる仕事の絶対量を表す概念であり、時間の概念を含んでいる。一方「効率」は、成果とそれに要するコストとの相対的な比較を示すもので、必ずしも時間短縮や絶対的な成果の増大を意味しない。著者は、日本企業の生産性の低さを国際比較データで示し、日本生産性本部の2016年版の調査を参照し、日本の労働生産性がOECD加盟35カ国中22位であり、米国の約61%に過ぎないと述べる。この生産性の低さの背景として、著者は、無意味・無駄な会議の多さや、勤務時間外のメール対応などを例示し、それらが生産活動につながる時間を奪っていると指摘する。日本人の特質として、品質管理マインド(QCマインド)や顧客満足マインド(CSマインド)は高いものの、ムダやムラを排除して仕事の能率を上げようとする生産工学(IE: Industrial Engineering)マインドが低いことが問題であると、コンサルタントらとの議論を引いて主張する。さらに、携帯電話やスマートフォン、Eメールなどの新しいコミュニケーションツールが、明確な利用ルールが確立されないまま、従業員に大きなストレスを与え、結果として生産性を阻害している現状を指摘し、ルール整備の必要性を訴える。能力や倫理に問題のある管理職の降格や、労働力人口減少に対応するための女性活躍推進の必要性についても言及し、これらもまた「生産性の向上」に直結する重要な論点として挙げている。
第四の論点は、最も本質的な主張である「『働きがいのある会社』の実現こそが働き方改革の本質である」という結論である。著者は、「生産性向上」を目的化するのではなく、働く従業員の「働きがい」を高めることこそが、結果として生産性向上につながり、改革を持続可能なものにすると断言する。その理想像として、米国発祥の「働きがいのある会社」調査研究機関であるGreat Place to Work Instituteの概念を紹介する。その定義は、「従業員が会社や経営者・管理者を信頼し、自分の仕事に誇りを持ち、共に働く人たちと連帯感を持てる会社」である。同機関の調査では、「働きがいのある会社」に選出された企業は、同業他社と比較して離職率が低く、売上や利益の伸びが高いことが実証されている。このアプローチの核心は、経営指標や第三者評価ではなく、実際に働く従業員による評価を最も重視する点にある。著者は、具体的な組織開発の手法として、Great Place to Work Instituteの研究成果を自身の経験から再解釈した10の要点を示している。それは、価値観を共有できる人材の採用、新入社員の友好的な受け入れ、職務の価値と意味の触発、事実に基づく親しみのある対話、従業員の意見の傾聴、感謝の頻繁な表明、成長を願い育てる環境の提供、思いやりと配慮、喜びの共有、そして利益の社会との分かち合い、といった要素である。これらを実践する組織開発こそが「長い旅」のような道のりであり、「働き方改革」の本丸であると結論づけている。
本稿の価値は、流行語化しがちな「働き方改革」という実務的かつ社会的なテーマに対し、単なる制度論やハウツーではなく、組織開発と人間のモチベーションの本質に根ざした方向性を提示した点にある。歴史的検証と実証的な統計データに裏付けられた「生産性向上」の必要性を説きつつ、最終的に「効率」を超えた「能率」の概念と「働きがい」という人間中心の価値観に回帰すべきであるという著者の主張は、改革が形骸化することを防ぐための重要な示唆を含んでいる。それは、企業が持続的に成長し、従業員が真に幸福になるための経営哲学の提示に他ならない。