X線熱拡散散乱強度に基づくレーザー衝撃銅のフェムト秒温度測定
学術的背景
極限条件下(高圧、高温など)での材料の挙動を研究することは、凝縮系物理学や材料科学における重要な課題です。レーザー衝撃技術は、ナノ秒の時間スケールで材料に極めて高い圧力を加えることができ、X線回折技術はフェムト秒の時間スケールで材料の構造変化を捉えることができます。しかし、これらの動的圧縮実験において、温度の測定は常に難しい課題でした。従来の温度測定技術(熱放射測定など)は、このような短い時間スケールと小さなターゲットでは実現が困難です。そのため、単一の実験で動的圧縮材料の温度を正確に測定する方法を開発することが重要です。
本研究では、X線自由電子レーザー(X-ray Free-Electron Laser, XFEL)とレーザー衝撃技術を利用し、X線熱拡散散乱(Thermal Diffuse Scattering, TDS)の強度に基づく温度測定法を提案しています。この方法は、銅箔がレーザー衝撃を受けた際のX線熱拡散散乱強度を測定し、材料の温度を導出することで、動的圧縮実験における温度測定の新しい解決策を提供します。
論文の出典
本論文は、J. S. Warkらをはじめとする複数の国際研究機関の研究者たちによって共同執筆されました。研究チームには、英国オックスフォード大学、米国ローレンス・リバモア国立研究所、ドイツの欧州XFELなどの研究機関の科学者が含まれています。論文は2025年4月21日に『Journal of Applied Physics』に掲載され、論文番号は137, 155904、DOIは10.1063⁄5.0256844です。
研究の流れ
1. 実験設計と目的
研究の主な目的は、レーザー衝撃を受けた銅箔のX線熱拡散散乱強度を測定し、材料の温度を導出することです。実験は、ドイツのシェーネフェルトにある欧州XFELの高エネルギー密度科学機器(High Energy Density, HED)で行われました。研究チームは、Dipole 100-Xレーザーシステムを使用して銅箔に衝撃を与え、XFELによって生成された単一のX線パルスを用いてサンプルの回折測定を行いました。
2. サンプル準備とレーザー衝撃
実験で使用されたサンプルは、厚さ25マイクロメートルの銅箔で、表面に50マイクロメートルのポリイミド(Kapton)がアブレーションレイヤーとしてコーティングされていました。レーザー衝撃は、10ナノ秒のパルスレーザーによって実現され、レーザーエネルギーは最大40ジュールで、500マイクロメートルまたは250マイクロメートルの駆動スポットに集中されました。最高圧力の実験では、アブレーション圧力の減衰を防ぐために、レーザーパルスの強度が線形に調整されました。
3. X線回折測定
レーザー衝撃と同時に、研究チームはXFELによって生成された18 keVのX線パルスを使用してサンプルの回折測定を行いました。X線パルスの持続時間は50フェムト秒で、入射角度は22.5度でした。回折信号は、対称的に配置されたVarex検出器によって記録され、検出器の位置は標準的なCeO2粉末サンプルの回折パターンを用いて正確に校正されました。
4. データ処理と分析
回折データは、入射X線フラックスへの正規化、アブレーションレイヤーからの散乱信号の除去、銅のコンプトン散乱(Compton scattering)の除去、およびX線のサンプル内での吸収効果の考慮を含む一連の処理ステップを経ました。衝撃前後の回折信号を比較することで、研究チームは銅箔のX線デバイ-ワラー因子(Debye-Waller factor)を導出し、材料の温度を計算しました。
主な結果
1. 熱拡散散乱強度の変化
実験結果は、レーザー衝撃圧力の増加に伴い、銅箔のX線熱拡散散乱強度が著しく増加することを示しました。相対体積比(v/v0)が0.7のとき、熱拡散散乱強度は2倍から3倍に増加しました。この変化は、材料の温度が衝撃圧力の増加とともに著しく上昇していることを示しています。
2. デバイ-ワラー因子の導出
Warrenモデルをフィッティングすることで、研究チームは異なる衝撃圧力下での銅箔のデバイ-ワラー因子を導出しました。この因子は材料の温度と密接に関連しており、研究結果は、相対体積比が0.7のとき、銅箔の温度が3000 Kを超えることを示しています。
3. 理論モデルとの比較
研究チームは、実験結果をSESAME 3336とLEOS 290の2つの熱状態方程式(Equation of State, EOS)の予測と比較しました。結果は、実験データが理論モデルの予測と誤差範囲内で一致しており、この方法の信頼性が検証されました。
結論と意義
本研究では、レーザー衝撃を受けた銅箔のX線熱拡散散乱強度を測定することで、材料の温度を導出することに成功しました。この方法は、動的圧縮実験における温度測定の新しい解決策を提供し、重要な科学的および応用的価値を持っています。実験結果は、この方法が単一の実験で材料の温度を正確に測定できることを示しており、極限条件下での材料の挙動を研究するための強力なツールを提供します。
研究のハイライト
- 革新的な方法:本研究は、X線熱拡散散乱強度を用いて単一の実験でレーザー衝撃を受けた銅箔の温度を測定する初めての試みであり、動の圧縮実験における温度測定の新しい方法を提供しました。
- 高精度測定:正確なX線回折測定とデータ処理により、研究チームはフェムト秒の時間スケールで材料の構造と温度変化を捉えることができました。
- 理論的検証:実験結果は2つの熱状態方程式の予測と一致し、この方法の信頼性と正確性が検証されました。
その他の価値ある情報
研究チームは、この方法の限界と今後の改善点についても議論しています。例えば、現在の主な誤差源は入射X線フラックスの測定精度であり、将来は検出器の設計を改良することで誤差を減らすことができます。さらに、この方法は他の材料の研究にも応用可能であり、極限条件下での材料の挙動に関するさらなるデータを提供する可能性があります。
本研究は、動的圧縮実験における温度測定の新しい方法を提供し、重要な科学的および応用的価値を持っています。今後、技術の改良に伴い、この方法はさらに多くの分野で応用されることが期待されます。