パリド-扁桃体コリン作動性回路を通じて報酬追求行動を調節するダイノルフィン
Dynorphin(ダイノルフィン)は内因性オピオイドペプチドであり、主にκ-オピオイド受容体(KOR)を介して作用し、報酬や嫌悪反応を含む多様な行動制御に関与しています。しかし、Dynorphin/KORシグナルが報酬追求行動において果たす具体的なメカニズムは不明でした。これまでの研究は、Dynorphin/KORシグナルの「反報酬」作用、つまりドーパミン放出の抑制や嫌悪反応の誘発に焦点を当ててきました。しかし、近年の研究では、Dynorphin/KORシグナルが特定の脳領域で報酬追求行動を促進する可能性も示されています。Dynorphinが報酬追求行動において果たす複雑な役割を理解するため、Sunらは詳細な研究を行い、Dynorphinが淡蒼球(VP)-扁桃体(BLA)コリン作動性回路を介して報酬追求行動を調節するメカニズムを明らかにしました。
論文の出典
この論文は、Qingtao Sun、Mingzhe Liu、Wuqiang Guanらによって共同で執筆され、彼らはCold Spring Harbor Laboratory、University of California, Davis、University of Washingtonなど複数の研究機関に所属しています。論文は2025年6月4日に『Neuron』誌に掲載され、タイトルは「Dynorphin modulates reward-seeking actions through a pallido-amygdala cholinergic circuit」です。
研究の流れと結果
1. 研究の目的と設計
この研究は、Dynorphinが報酬追求行動において果たす具体的なメカニズム、特に淡蒼球-扁桃体コリン作動性回路を介した調節作用を明らかにすることを目的としています。研究チームは、分子生物学、遺伝学、光遺伝学操作を組み合わせ、電気生理学、行動学実験、リアルタイム動態モニタリング技術を用いて、Dynorphinが側坐核(NAc)Dynorphin作動性ニューロン(NAcPDynニューロン)における放出と、VPコリン作動性ニューロンおよびBLAコリン作動性伝達への影響を体系的に調査しました。
2. 実験の流れと結果
a) NAcPDynニューロンによるVPコリン作動性ニューロンの脱抑制
研究チームはまず、光遺伝学技術を用いてNAcPDynニューロンの軸索終末を活性化し、VPコリン作動性ニューロンの抑制性シナプス後電流(IPSCs)を記録しました。その結果、NAcPDynニューロンはVP内のGABA作動性ニューロンを抑制し、VPコリン作動性ニューロンの脱抑制を引き起こすことが明らかになりました。この脱抑制作用はDynorphin/KORシグナルに依存しており、KOR拮抗薬であるNorbinaltorphimine(Norbni)がこの効果をブロックすることが確認されました。
b) VPにおけるDynorphinの放出とBLAコリン作動性伝達への影響
DynorphinがVPにおいてどのように放出されるかを調べるため、研究チームは新しいDynorphinセンサーであるKlight1.3を開発し、光遺伝学技術を用いてDynorphinの放出をリアルタイムでモニタリングしました。その結果、報酬刺激(例:水)はNAcPDynニューロンからVPへのDynorphin放出を引き起こす一方で、嫌悪刺激(例:気流)は放出を引き起こさないことが示されました。この発見は、DynorphinのVPにおける放出が報酬と関連していることを示しています。
c) NAcPDyn/VP経路が報酬追求行動に与える影響
研究チームはさらに、行動学実験を通じてNAcPDyn/VP経路が報酬追求行動において果たす役割を検証しました。「Go/No-Go」タスクでは、NAcPDynニューロンの軸索終末を抑制すると、マウスの報酬追求行動が著しく減少し、この経路を活性化すると報酬追求行動が増強されることが明らかになりました。また、漸進比率(PR)タスクでは、NAcPDynニューロンを抑制するとマウスの動機付けレベルが低下し、Dynorphinが報酬追求行動の調節において重要な役割を果たしていることが示されました。
d) VP GABA作動性ニューロンおよびNAcPDynニューロンにおけるKORの役割
研究チームはCRISPR-Cas9技術を用いて、VP GABA作動性ニューロンにおけるKOR遺伝子(Oprk1)を特異的にノックアウトしました。その結果、この操作によりBLAにおけるアセチルコリン(ACh)放出が著しく減少し、マウスの報酬追求行動が弱まることが明らかになりました。さらに、NAcPDynニューロンにおけるKOR遺伝子をノックアウトすると、ACh放出の持続時間が延長し、KORがNAcPDynニューロンにおいて自己抑制的な役割を果たし、コリン作動性ニューロンの過剰な活性化を防いでいることが示されました。
3. 結論と意義
この研究は、DynorphinがNAcPDyn/VP GABA/VPコリン作動性/BLAコリン作動性回路を介して報酬追求行動を調節するメカニズムを明らかにしました。DynorphinはVP GABA作動性ニューロンにおいてKORを介した抑制効果を発揮し、VPコリン作動性ニューロンの脱抑制を促進することで、BLAにおけるACh放出を増加させ、報酬追求行動を促進します。同時に、DynorphinはNAcPDynニューロンにおいて自己抑制的な役割を果たし、報酬追求行動の過剰な活性化を防ぐことで、このプロセスを微調整しています。
この研究は、Dynorphin/KORシグナルが報酬追求行動において果たす役割についての理解を深めるだけでなく、動機付けに関連する精神疾患(例:うつ病や依存症)の治療に対する新たな視点を提供します。
研究のハイライト
- 新しいDynorphinセンサー:研究チームはKlight1.3センサーを開発し、生体動物においてDynorphinの放出をリアルタイムでモニタリングすることに初めて成功しました。
- 学際的研究:この研究は、分子生物学、遺伝学、光遺伝学、電気生理学、行動学など多様な技術を組み合わせ、Dynorphinの調節メカニズムを体系的に明らかにしました。
- 精密な調節メカニズム:DynorphinがVP GABA作動性ニューロンとNAcPDynニューロンにおいて二重の役割を果たし、報酬追求行動を促進すると同時に、その過剰な活性化を防ぐことが明らかになりました。
その他の価値ある情報
この研究では、VPコリン作動性ニューロンからBLAへの投射が報酬追求行動の調節において重要な役割を果たすことも発見されました。この投射を活性化するとマウスの動機付けレベルが向上し、抑制すると動機付けレベルが低下することが示されました。この発見は、コリン作動性システムが報酬追求行動において果たす役割を理解するための新たな視点を提供します。
まとめ
Sunらの研究は、学際的なアプローチを通じて、Dynorphinが淡蒼球-扁桃体コリン作動性回路を介して報酬追求行動を調節するメカニズムを体系的に明らかにしました。この研究は、Dynorphin/KORシグナルの理解を深めるだけでなく、動機付けに関連する精神疾患の治療に対する新たなアプローチを提供します。