インターロイキン-34依存性血管周囲マクロファージが脳の血管機能を促進する
学術的背景
中枢神経系(CNS)のマクロファージには、小膠細胞(microglia)と境界関連マクロファージ(border-associated macrophages, BAMs)が含まれる。BAMsは髄膜、脈絡叢、血管周囲腔に分布し、特に血管周囲マクロファージ(perivascular macrophages, PVMs)は脳血管機能と密接に関連している。しかし、BAMsの維持メカニズムと脳血管機能への調節作用は未解明のままであった。
先行研究では、小膠細胞の発生はコロニー刺激因子1(CSF-1)に依存し、成体後の恒常性維持にはインターロイキン-34(IL-34)が必要とされる。しかし、IL-34が同様にBAMsの生存と機能を調節するかは不明であった。さらに、PVMsが血管平滑筋細胞や周皮細胞などの血管細胞と相互作用し、脳血流動態(cerebral blood flow, CBF)や血管運動(vasomotion)を調節するメカニズムも未解明であった。
本研究はMelanie Greterチームが主導し、以下を明らかにすることを目的とした:
1. BAMsが発生段階ごとにCSF-1とIL-34に依存する仕組み;
2. IL-34を産生する細胞源とPVMs恒常性への調節機構;
3. PVMs欠損が脳血管機能に与える影響。
論文の出典
- 著者チーム:Hannah Van Hove、Chaim Glück、Wiebke Mildenbergerら(スイス・チューリッヒ大学実験免疫学研究所ほか所属)。
- 責任著者:Melanie Greter(greter@immunology.uzh.ch)。
- 掲載誌:*Immunity*(2025年5月13日、第58巻)。
- DOI:10.1016/j.immuni.2025.04.003。
研究の流れと結果
1. BAMsの発生と恒常性はCSF-1Rシグナルに依存
実験設計:
- コンディショナルノックアウトマウス(Cx3cr1CreER;Csf1rfl/fl
)を用い、胚子期(E14.5およびE16.5)または成体期にタモキシフェン誘導でCSF-1受容体(CSF-1R)を削除。
- フローサイトメトリーにより、胚子(E18.5)および成体マウス脳内のBAMs(CX3CR1+CD206+またはCD11b+F4/80hi標識)と小膠細胞(CX3CR1+CD206−)を解析。
結果:
- 胚子期のCSF-1R削除でBAMsと小膠細胞が著減(図1A)。
- 成体期のCSF-1R削除または阻害剤PLX5622投与でも同様の現象を確認(図1B、S1D)。CSF-1RシグナルがBAMsの発生と維持に必須であることを示唆。
2. IL-34は成体BAMs恒常性の鍵となる調節因子
実験設計:
- Il34LacZ/LacZ
マウスを用い、発生段階ごとのBAMs数を解析。
- 高次元フローサイトメトリーと免疫蛍光染色でBAMsサブセット(PVMs[CD163+CD206+]、MHC II+ BAMsなど)を分類。
結果:
- IL-34欠損は胚子期BAMsに影響せず、成体期で著減(図1D)。
- 硬膜マクロファージを除く全BAMsサブセットがIL-34に依存(図2A-B)。
- 免疫蛍光では、IL-34欠損マウスで動脈周囲のPVMsがほぼ消失(図2E-F)。
3. IL-34の細胞源:血管周囲細胞と線維芽細胞
実験設計:
- 単細胞RNAシーケンス(scRNA-seq)でマウス・ヒト脳血管細胞のIL34発現を解析。
- Tbx18CreER;Il34fl/fl
マウスで血管周囲細胞(mural cells)と線維芽細胞特異的にIL-34を削除。
結果:
- IL-34は主に血管平滑筋細胞(VSMCs)、周皮細胞、線維芽細胞で発現(図3A、D)。
- 血管周囲IL-34削除でPVMsが減少するも、小膠細胞には影響なし(図3F-G)。
- ヒト脳標本でもIL-34が血管周囲に局在(図3E)。
4. IL-34欠損は脳血管機能異常を引き起こす
実験設計:
- レーザースペックルコントラストイメージング(LSCI)と広視野局在化顕微鏡(pia-flow)で脳血流速度を計測。
- 二光子顕微鏡で覚醒マウスの血管運動を観察。
結果:
- IL-34欠損マウスでは脳血流量が15%増加し、穿通細動脈の血流速度上昇(図6B-D)。
- 血管運動の振幅と頻度が顕著に増加(図6I)。
- 電子顕微鏡で動脈周囲基底膜の構造異常と星状膠細胞終足の腫脹を確認(図5D、S4C)。
5. PVMs特異的削除による機能検証
実験設計:
- Mrc1Cre;Csf1rfl/fl
マウスを構築し、CD206+ PVMsを特異的に削除。
結果:
- PVMs欠損でも脳血流動態異常が再現され(図7C-G)、PVMsが小膠細胞とは独立して血管機能を調節することを証明。
結論と意義
- 発生と恒常性におけるサイトカインの役割分担:BAMsの胚子期発生はCSF-1に、成体期維持はIL-34に依存。
- 細胞間相互作用の新機序:血管周囲細胞と線維芽細胞がIL-34を分泌しPVMsを維持する「血管壁微小環境-マクロファージ」調節軸を提唱。
- 脳血管機能調節:PVMsは血管運動を抑制し血流速度を調節することで、脳血管恒常性を維持。
科学的価値:
- 非神経細胞におけるIL-34機能を初解明し、CNSマクロファージのニッチ理解を拡張。
- 高血圧やアミロイド血管症など脳血管疾患におけるPVMsの役割解明に新たな標的を提供。
応用展望:
- IL-34/PVMs経路の標的化が脳血流異常関連疾患の治療に寄与する可能性。
- ヒトIL-34レベルと血管性認知症の関連性は臨床応用の手がかりに(図3E)。
研究のハイライト
- 多次元技術の統合:コンディショナルノックアウト、高次元フローサイトメトリー、scRNA-seq、生体イメージングを組み合わせPVMs調節機構を体系的に解明。
- 種横断的検証:マウスモデルからヒト脳標本まで解析し、結論の普遍性を強化。
- 革新的発見:PVMsが脳血管運動の直接的な調節因子であることを示し、従来の「神経血管ユニット」概念に再考を促す。
その他の情報
- データ公開:scRNA-seqデータはGEO(GSE292245、GSE292306、GSE292466)に登録。
- 限界:IL-34がPTPRZ1などの他の受容体を介して神経細胞や膠細胞に影響する可能性は今後の課題。