計算設計されたタンパク質がウイルス進化における抗体免疫回避を模倣
学術的背景
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の継続的な変異により、ワクチンや抗体療法の有効性が絶えず脅かされている。従来の評価方法は既に出現した変異株に対してのみテスト可能で、将来発生する可能性のある免疫逃避変異を予測できない。この課題に対し、Noor Youssefらの研究チームはEVE-Vax(Evolutionary Variant Evaluation for Vaccines)計算プラットフォームを開発した。このプラットフォームは、複数の変異を組み込んだスパイクタンパク質(spike protein)を設計することで、ウイルスが将来たどる可能性のある抗原進化の経路を模倣し、ワクチンや療法の広範な有効性を事前に評価することを目的としている。
本研究の核心的な科学的課題は以下の通り:
1. 免疫逃避予測の限界:既存の実験手法(深層変異スキャン、DMSなど)は単一変異または限られた組み合わせしかテストできず、患者血清データに依存する。
2. 抗原設計の実現可能性:複数変異タンパク質は機能を失いやすいが、計算設計によって感染性と免疫逃避特性を維持する方法。
3. ワクチン評価のタイムリーさ:既存ワクチンに対する変異株の逃避能力を事前に予測する方法。
論文の出典
- 著者チーム:ハーバード医学大学院、マサチューセッツ工科大学Broad研究所、マサチューセッツ大学医学部などの多機関共同研究。責任著者はDebora S. Marks、Jeremy Lubanら。
- 掲載誌:*Immunity*、2025年6月10日発行、58巻1-11頁。
- DOI:10.1016/j.immuni.2025.04.015。
研究の流れと結果
a) 研究のプロセス
1. EVE-Vaxアルゴリズムの設計
- 入力データ:SARS-CoV-2スパイクタンパク質の進化配列、構造情報、抗体結合部位データを統合。
- 3つの主要制約条件:
- 適応度(Fitness):進化モデルに基づき、変異がウイルス生存に与える影響を予測。
- アクセシビリティ(Accessibility):変異部位が抗体結合領域に位置するか評価。
- 結合破壊ポテンシャル(Dissimilarity):既存抗体結合への変異の干渉度を予測。
- 適応度(Fitness):進化モデルに基づき、変異がウイルス生存に与える影響を予測。
- 複数変異の組み合わせ:単一変異(逃避スコア上位1%)から二重変異、さらに多重変異組み合わせを段階的に生成し、最終的に83種類のスパイクタンパク質変異体を設計。
2. 実験的検証
疑似ウイルス感染性テスト:
- サンプル:5種類の変異株背景(B.1、BA.4/5、BA.2.75など)で83種類の設計タンパク質を疑似ウイルスとして構築。
- 方法:レンチウイルスベクターを用いて疑似ウイルスをパッケージ化し、ルシフェラーゼレポーター遺伝子で感染効率を測定。
- 結果:設計タンパク質の90%(75/83)が感染性を保持し、ランダム変異ライブラリ(%機能性)を大幅に上回った。
- サンプル:5種類の変異株背景(B.1、BA.4/5、BA.2.75など)で83種類の設計タンパク質を疑似ウイルスとして構築。
中和抗体逃避分析:
- 血清サンプル:回復者、ワクチン接種者、ブレークスルー感染者など9グループのヒト多クローン血清プールを使用。
- 中和実験:疑似ウイルスが血清中和抗体に対してどの程度敏感か(ID50幾何平均力価)を測定。
- 主な発見:
- 設計変異体BA.2.75-4C(G339D/L452R/Q493R/K529L含有)は、自然変異株BA.2.75よりも5.3倍高い中和抵抗性を示し、後に出現したXBB変異株(7.2倍)に近い値を記録。
- B.1背景で設計した変異体(例:B.1-4A)は、Alpha、Deltaなどの初期変異株を上回る中和抵抗性を示した。
- 血清サンプル:回復者、ワクチン接種者、ブレークスルー感染者など9グループのヒト多クローン血清プールを使用。
3. ワクチン評価への応用
- 二価mRNAワクチン:設計したXBB変異体は、後に実際に観察された変異株(CH.1.1など)のワクチン逃避を予測。
- ナノ粒子ワクチン:非ヒト霊長類モデルとの比較で、多価RBDベースのナノ粒子ワクチン(Mosaic-8B)が単価ワクチンよりも広範な中和抗体を誘導することを確認。
b) 主な結果と論理の連鎖
- 計算設計の有効性:EVE-Vaxは12か月以内に自然発生した変異株の逃避変異(XBBのL452Rなど)を成功裏に予測。
- 機能維持と逃避のバランス:複数変異設計は感染性を保持しつつ、自然変異と同様の中和抵抗性パターンを再現。
- 事前評価の価値:設計抗原はワクチンの弱点(例:二価ワクチンがXBB.1.5に対して持つ防御のギャップ)を早期に明らかにした。
結論と意義
科学的意義:
- 計算設計によってウイルス抗原進化を模倣する初の汎用フレームワークを提案。SARS-CoV-2以外の高変異ウイルス(インフルエンザ、HIVなど)にも適用可能。
- 深層学習モデルが実験手法(DMSなど)を超える予測能力を持つことを実証。
- 計算設計によってウイルス抗原進化を模倣する初の汎用フレームワークを提案。SARS-CoV-2以外の高変異ウイルス(インフルエンザ、HIVなど)にも適用可能。
応用価値:
- ワクチン開発:広域スペクトルワクチンの設計を加速し、「変異追いかけ」の受動的状況を回避。
- 療法評価:モノクローナル抗体療法の更新に早期警告を提供。
- ワクチン開発:広域スペクトルワクチンの設計を加速し、「変異追いかけ」の受動的状況を回避。
研究のハイライト
- 手法の革新性:進化モデルと抗原設計を初めて統合し、設計タンパク質の90%が機能性を維持。
- 予測精度:設計変異体は自然変異株の免疫逃避特性を12か月前に予測。
- 学際的統合:計算生物学、構造生物学、免疫学実験を融合した検証。