単球はすべての脳マクロファージを効率的に置換でき、胎児肝臓単球は本物のSall1+ミクログリアを生成できる

学術的背景

中枢神経系(CNS)の恒常性維持は、マイクログリア(microglia)境界関連マクロファージ(BAMs)という2種類の重要なマクロファージに依存している。従来の見解では、マイクログリアは胚期の卵黄嚢(yolk sac)に由来し、生涯にわたって自己複製能力を持つと考えられており、成人骨髄(BM)由来の単球(monocytes)はその機能を代替できないとされてきた。この特性は、神経変性疾患に対する細胞移植治療の可能性を制限していた。しかし近年の研究で、アルツハイマー病などの病理条件下では単球が脳実質に浸潤する可能性が示されており、その分化運命と機能特性は未解明のままである。本研究は以下の核心的な課題に取り組んでいる:
1. 単球は脳マクロファージを完全に置換できるか?
2. 異なる発生源を持つ単球(胎児肝臓 vs. 成人骨髄)は、マイクログリアへの分化能力に影響を与えるか?
3. ヒト単球は異種移植モデルにおいて同様の特性を示すか?

論文の出典

本論文はJonathan Bastos(ブリュッセル自由大学)、Carleigh O’Brien(ペンシルベニア大学)らによる国際共同研究チームによって執筆され、責任著者はKiavash Movahedi(ブリュッセル自由大学)である。Immunity誌(2025年5月、第58巻、1269-1288ページ)に掲載された。研究は欧州研究会議(ERC)やベルギーFWOなどの資金援助を受けて実施された。


研究のプロセスと結果

1. 単球による胚由来BAMsの置換能力の検証

実験デザイン
- モデル:Flt3Cre:YFPマウス(骨髄由来細胞を標識)とPLX3397(CSF1R阻害剤)を併用し、マクロファージの枯渇を誘導。
- サンプル:対照群(n=6)とPLX処理群(n=7)、枯渇2週間後に7週間回復。
- 手法:フローサイトメトリーによりYFP+細胞の髄膜および脳実質内分布を解析、免疫蛍光法でLYVE1+ BAMsの置換を確認。

主な結果
- PLX処理後、髄膜のLYVE1+ BAMsはほぼ完全にYFP+単球由来細胞に置換された(図1a-c)。
- 競合メカニズム:脳実質では内因性マイクログリアの急速な自己複製が単球の定着を阻害するが、局所放射線照射(600 rad)によりこの障壁が破壊され、83.3%の脳マクロファージが置換された(図1d-e)。

2. 単球から長期生存可能なマイクログリアへの分化

革新的手法
- 遺伝子モデル:新生仔CX3CR1CreER:CSF1Rfl/flマウスでマイクログリア枯渇を誘導後、GFP+単球を頭蓋内注射(図2a)。
- 長期追跡:移植後20ヶ月間観察し、単球と胚由来マイクログリアの定着効率を比較。

発見
- 単球由来の単球性マイクログリア(mo-microglia)は、胚由来細胞(em-microglia)と同等の増殖能力と寿命を示した(図2c-d)。
- 表現型の差異:mo-microgliaは分枝が少なく、MS4A7(骨髄マーカー)を発現するがSALL1(胚マーカー)は発現しなかった(図2g)。

3. 単球の系統が脳マクロファージのアイデンティティを決定

単細胞RNAシーケンス解析
- サンプル:PLX処理マウスの髄膜からClec12a+細胞を分離しscRNA-seqを実施(n=15)。
- クラスタリング結果
- 胚由来BAMs(loBAM1)COLEC12CD163を高発現し、エンドサイトーシス関連機能が富化。
- 単球由来BAMs(loBAM2)は炎症関連遺伝子(例:H2-Aa)を高発現し、機能的な差異が示唆された(図4f-h)。

4. 胎児肝臓単球は真のSALL1+マイクログリアを生成可能

決定的実験
- E14胎児肝臓(FL)単球を新生仔マウス脳内に移植、8週間後にGFP+細胞を分離しscRNA-seqを実施。
- エピジェネティクス解析:snATAC-seqにより、FL単球のSALL1遺伝子座のクロマチン開放性がBM単球より顕著に高いことを確認(図6k-l)。

画期的発見
- FL単球はSALL1+マイクログリアへ分化でき、そのトランスクリプトームは胚由来細胞と差異がなかった(図5l-n)。一方、BM単球はSALL1−細胞のみを生成した。

5. ヒト単球の異種移植モデルにおける挙動

臨床関連実験
- サンプル:ヒト臍帯血または成人末梢血CD14+単球をhCSF1KI免疫不全マウス脳内に移植(n=17)。
- 単細胞解析
- ヒト細胞はKCNQ3+マイクログリア様細胞を形成したが、SALL1発現を欠いていた(図7g)。
- アルツハイマー病(AD)患者脳サンプルでは、同様のZNF804A+マイクログリアクラスターが検出され、その存在量は疾患重症度と正相関した(図7l)。


結論と意義

  1. 理論的意義

    • 「脳実質には胚由来マクロファージのみが定着可能」という従来の認識を覆し、単球が全脳マクロファージ置換の潜在能力を持つことを実証。
    • 発生起源(ontogeny)がエピジェネティックな調節(例:SALL1のアクセシビリティ)を通じて細胞運命を決定することを明らかにした。
  2. 応用展望

    • 神経変性疾患(例:AD)に対する新たな細胞治療戦略を提示:臍帯血単球を用いて病変マイクログリアを置換。
    • CD163MS4A7を内因性と単球由来マクロファージを区別するマーカーとして提案。

研究のハイライト

  • 手法の革新:遺伝的枯渇モデル、単細胞マルチオミクス(scRNA-seq + snATAC-seq)、異種移植を統合。
  • 種横断的検証:マウスからヒトデータまで、ADにおける単球性マイクログリアの病理学的関連性を確認。
  • 臨床転用:胎児肝臓単球が「SALL1発現の障壁」を突破できることを初めて証明し、再生医療に新たな細胞源を提供。