抗原空間マッチングポリアプタマーナノ構造によるコロナウイルス感染の阻止と炎症の緩和
学術的背景
近年、世界中でSARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)など、コロナウイルスによる感染症が複数回発生しています。これらの感染症は人類の健康に重大な脅威をもたらしただけでなく、コロナウイルスの突発的感染に対する緊急対策の不備も浮き彫りにしました。コロナウイルス感染はしばしば肺の炎症反応を伴うため、ウイルス感染を抑制しつつ炎症を緩和することが治療の重要な課題となっています。従来の抗体治療は効果的ではありますが、開発サイクルが長く、ウイルスの急速な変異に対応しづらいという課題があります。さらに、抗体依存性増強効果(ADE)も治療効果を低下させる恐れがあります。したがって、新興コロナウイルス感染に迅速に対応でき、かつ抗ウイルス・抗炎症の両方の機能を兼ね備えた治療戦略の開発がきわめて重要となっています。
このような背景から、研究者たちは新規の「抗原空間マッチング多価アプタマー・ナノ構造体(Antigen Spatial-Matching Polyaptamer, ASM-PAPT)」を提案し、コロナウイルス表面のスパイク蛋白(S蛋白)に精密にマッチさせることでアプタマーの結合能を強化し、ウイルス感染をブロックできるようにしています。同時に、このナノ構造体には抗炎症薬も搭載されており、抗ウイルスと抗炎症の相乗効果を実現しています。
論文の出所
本研究はJingqi Chen, Yuqing Li, Xueliang Liuら多数の研究者の共同研究であり、チームは上海交通大学医学部附属仁済病院分子医学研究所(Institute of Molecular Medicine, Renji Hospital, School of Medicine, Shanghai Jiao Tong University)、蘇州大学機能性ナノ・ソフト物質研究院(Institute of Functional Nano & Soft Materials, Soochow University)などの機関に所属しています。論文は2025年4月10日にChem誌に「Antigen Spatial-Matching Polyaptamer Nanostructure to Block Coronavirus Infection and Alleviate Inflammation」という題名で掲載されました。
研究の流れと結果
1. 抗原空間マッチング多価アプタマーナノ構造体の作製と特性評価
研究者たちはまず、新型の多価アプタマーナノ構造体を設計し、ローリングサークル増幅反応(Rolling Circle Amplification, RCA)によって複数のアプタマー単位を含む長鎖DNAを生成しました。アプタマー同士の連結距離やナノ構造体のサイズを精密に制御することで、コロナウイルスS蛋白に空間的にマッチした多価アプタマーナノ構造体の作製に成功しました。ナノ構造体の合成が成功しているかを確認するため、ポリアクリルアミドゲル電気泳動(PAGE)と透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて評価しました。その結果、ナノ構造体はウニ状の形状を示し、サイズは約200~300ナノメートルでした。
2. 多価アプタマーナノ構造体の抗ウイルス能力検証
多価アプタマーナノ構造体の抗ウイルス効果を評価するため、研究者はSARS-CoV-2疑似ウイルス(Pseudovirus, PSV)をモデルとして活用し、微量熱泳動法(Microscale Thermophoresis, MST)でナノ構造体と疑似ウイルスの結合親和性を測定しました。結果、サイズ500ナノメートルの多価アプタマーナノ構造体が最強の結合親和性を示し、解離定数(Kd)は531 fMで、単価アプタマー比では200倍低い値でした。さらに、分子動力学シミュレーション(Molecular Dynamics, MD)によりアプタマー間の連結距離を最適化したところ、連結距離が30ヌクレオチド(nt)の場合で、多価アプタマーがS蛋白三量体の3つの受容体結合ドメイン(RBD)同時に結合し、ウイルス感染を効果的にブロックできることが分かりました。
3. 多価アプタマーナノ構造体の抗炎症能力検証
ナノ構造体の抗炎症効果を高めるため、研究者は天然の抗酸化剤であるタンニン酸(Tannic Acid, TA)を多価アプタマーナノ構造体に搭載しました。フリーラジカル消去実験によりTAの抗酸化能力を検証したところ、0.8 μMのTA搭載ナノ構造体で約80%のDPPHフリーラジカルを消去できることが判明しました。また、細胞実験を通じてTAの炎症抑制作用も確認。結果、TAは炎症性サイトカインであるTNF-α、IL-1β、IL-6の発現を顕著に抑制し、マクロファージのM1型への分化も抑えました。
4. ナノ構造体の肺浸透・滞留能の検証
ナノ構造体が肺上皮粘膜バリアを効果的に通過できるよう、研究者はキトサン(Chitosan, CS)を賦形剤として利用し、ナノ構造体の浸透力と滞留時間を向上させました。蛍光イメージング実験により、CS搭載ナノ構造体は肺内でより強い蛍光シグナルを示し、肺バリアを効果的に通過し長時間滞留できることが示されました。
5. 体内抗ウイルス・抗炎症効果の検証
最後に、研究者はK18-hACE2マウスモデルで多価アプタマーナノ構造体の抗ウイルス・抗炎症効果を検証しました。その結果、CS搭載ナノ構造体は疑似ウイルス感染を顕著に抑制し、肺の炎症反応も軽減しました。生体発光イメージング、Western blot、フローサイトメトリー等の手法でその抗ウイルス効果を追加で検証。また、組織学的解析ではナノ構造体が肺への炎症細胞浸潤や酸化ストレス指標の発現を大きく減少させることが分かりました。
結論と意義
本研究は、コロナウイルスS蛋白と精密にマッチする抗原空間マッチング多価アプタマーナノ構造体を新たに開発し、アプタマーの結合能力を高めてウイルス感染を効果的に阻止できることを示しました。同時に、搭載した抗炎症薬タンニン酸により肺炎症反応も緩和できました。さらに、キトサンを用いることでナノ構造体の肺浸透性と滞留性が高まり、治療効果が一段と向上しました。本研究は、新興コロナウイルス感染症への迅速かつ有効な治療戦略を提示しており、科学的価値と応用前景に優れています。
研究の注目点
- 抗原空間マッチング戦略:コロナウイルスS蛋白への空間的な精密マッチングにより、多価アプタマーの結合能・抗ウイルス効果が著しく向上。
- 抗ウイルス・抗炎症の協同作用:搭載したタンニン酸がフリーラジカルを効果的に消去し、肺の炎症反応も緩和。抗ウイルス・抗炎症のデュアル作用を実現。
- 肺の浸透・滞留向上:キトサンの利用によりナノ構造体の肺への浸透性・滞留性がアップし、局所治療効果が向上。
- 新興ウイルスへの迅速対応:アプタマー配列・連結距離・サイズを調節することで、さまざまなコロナウイルス感染に素早く対応可能。幅広い応用可能性を持つ。
本研究はコロナウイルス感染症治療に新たな発想をもたらし、将来の突発的な公衆衛生危機にも重要な技術的備えとなります。