非人霊長類のワクチン接種がHIV-1 Env三量体の四元エピトープを標的とする広域中和抗体系統を誘発

一、研究背景

ヒト免疫不全ウイルス(HIV-1)のエンベロープ糖タンパク質(Env)は中和抗体の主要な標的であるが、その高い変異性によりワクチン開発が困難となっている。自然感染では、広域中和抗体(broadly neutralizing antibodies, bnAbs)が稀にしか産生されず、出現までに数年を要する。Env三量体模倣物質(例:BG505 SOSIP.664)は天然構造を安定に提示できるが、従来のワクチン研究では株特異的な中和抗体しか誘導できず、世界的に流行するHIV-1サブタイプを網羅することが困難であった。本研究では、糖鎖修飾を施した異種三量体の順次免疫戦略により、保存されたCD4結合部位(CD4 binding site, CD4bs)に焦点を当てたbnAbs誘導メカニズムを探求した。

二、論文情報

  • 研究チーム:Fabian-Alexander Schleich(カロリンスカ研究所)、Shridhar BaleとJavier Guenaga(スクリプス研究所)らによる国際共同研究。
  • 責任著者:Gunilla B. Karlsson Hedestam(カロリンスカ研究所)とRichard T. Wyatt(スクリプス研究所)。
  • 掲載誌:*Immunity*(2025年6月10日、第58巻)、Elsevier刊。

三、研究手法と結果

1. 免疫原設計と動物実験

主要手順:

  • 免疫原改変
    • 16055 dg4 NFL三量体(CD4bs近傍の4つのN-グリコシル化部位N276/N301/N360/N463を欠失)を用い、保存エピトープを露出。
    • プロトマー間ジスルフィド結合(CC3:A501C-A662C)を導入し三量体安定性を向上(図1)。
  • 動物モデル
    • 12頭のアカゲザル(非ヒト霊長類、NHPs)を2群に分離:
    • 群1(NHP1-6):可溶性三量体免疫;
    • 群2(NHP7-12):三量体-リポソーム複合体免疫。
    • 免疫プロトコル
    1. 事前免疫:BG505/CH505キメラ三量体 + AMC016三量体(融合ペプチド標的);
    2. 初回免疫:16055 dg4 NFL三量体(CD4bs集中);
    3. ブースト免疫:異種完全糖鎖化三量体(ZM233、CH119、JR-FL等)、12週間隔(図2a)。

実験結果:

  • 血清中和活性
    • 2回免疫後(post-2)、NHP1とNHP9でtier 2ウイルス(例:JR-FL)に対する交差中和が確認(図2c);
    • 6回免疫後(post-6)、中和幅が拡大し、84株のグローバルウイルスパネルの70%をカバー(図4)。

2. モノクローナル抗体の単離と特性評価

主要手順:

  • 記憶B細胞の選別
    • ビオチン化JR-FL NFL三量体プローブを用いたフローサイトメトリーにより抗原特異的B細胞を分離(図S3a)。
    • NHP1から185組の重鎖/軽鎖配列を取得、49のクローン系統に分類。
  • 抗体特性解析
    • LJF-0034系統
    • 高頻度変異(重鎖SHM 12%、軽鎖SHM 9%);
    • 四級エピトープを標的:隣接プロトマーのCD4bsとV3領域に跨る(図5c);
    • 中和幅:84株中66%をカバー(図4)、平均IC50 2.14 μg/mL(LJF-0085)。

構造解析:

  • クライオ電子顕微鏡(cryo-EM)
    • 結合様式:軽鎖はCD4bs(N276糖鎖を回避)、重鎖はV3領域に結合(図5d-e);
    • エピトープ特性
    • 軽鎖は保存残基D457/K282と塩橋を形成(図6a);
    • 重鎖はHCDR2を介しV3領域R308と相互作用(図6c)。

3. 自然耐性機構とエピトープ最適化

主要発見:

  • 耐性関連部位
    • AEリコンビナント株(例:C1080.c3)の中和抵抗性は、V3領域(T305/T308/V316/R319)とCD4bs(G429/D474/R476)変異に起因(図7b);
    • 復帰変異(例:T308R)により中和感受性が回復(図7c)。
  • 糖鎖の影響
    • N197糖鎖除去で中和効力が顕著に増強、N276糖鎖は影響なし(図7c)。

四、研究の意義と価値

  1. 科学的意義

    • 異種三量体順次免疫によりEnv四級エピトープを標的とするbnAbsを初めて誘導;
    • CD4bsとV3領域の協調的エピトープの構造基盤を解明、ワクチン設計に新たな標的を提供。
  2. 応用価値

    • 糖鎖工学的戦略(例:N197欠失)による免疫原設計の最適化;
    • LJF-0034系統抗体は受動免疫療法の候補分子として有望。

五、研究のハイライト

  • 革新的手法
    • プロトマー間ジスルフィド結合(CC3)による三量体構造安定化;
    • 個別化Ig遺伝子タイピング(IgDiscoverアルゴリズム)で抗体進化を精密追跡。
  • 重要な発見
    • 四級エピトープbnAbsは分岐結合モードで糖鎖障害を回避;
    • 自然耐性機構に基づくワクチン株の最適化(例:V3領域保存性改変)。

六、その他情報

  • データ公開
    • 抗体配列(GenBank)、クライオEM構造(EMDB/PDB)を公開;
    • コードとアルゴリズムはGitLab(IgDiscover)で閲覧可能。
  • 臨床転用
    • 16055 dg4 NFL三量体は第I相臨床試験(HVTN 313)へ進展。