ホスホ抗原誘導性のButyrophilin受容体複合体の内部安定化が二量体化依存性γδ TCR活性化を駆動する

学術的背景

γδ T細胞は免疫システムにおいて特異なサブセットであり、そのT細胞受容体(TCR)はγ鎖とδ鎖で構成され、微生物や腫瘍細胞が産生するリン酸抗原(phosphoantigens, PAg)などの非ペプチド抗原を認識できる。特に、Vγ9Vδ2 T細胞はヒト循環系中で最も主要なγδ T細胞サブセットであり、感染防御や抗腫瘍免疫において重要な役割を担っている。しかし、PAgが細胞膜受容体を介してγδ T細胞を活性化する分子メカニズムは長らく不明であった。

Butyrophilin(BTN)ファミリー蛋白質(BTN3A1やBTN2A1など)はPAgのセンサーとして同定されたが、BTN受容体複合体の組み立て様式、PAg誘導による構造変化、およびγδ TCRとの相互作用メカニズムは未解明のままだった。本研究は、PAg誘導によるBTN複合体の「内側から外側へ」の安定化メカニズムを解明し、それが如何にしてVγ9Vδ2 TCRの二量体化とT細胞活性化を駆動するかを明らかにすることを目的とした。

論文の出典

本論文はYuwei ZhuWenbo Gaoらによって共同で完成され、責任著者はZhiwei Huang(ハルビン工業大学生命科学技術学院)である。研究チームはクライオ電子顕微鏡(cryo-EM)を用いてPAg-BTN-TCR複合体の高分解能構造を解析し、その成果は2025年7月8日にImmunity誌(DOI: 10.1016/j.immuni.2025.04.012)に掲載された。


研究の流れと結果

1. PAgがBTN2A1-BTN3A1の2:2四量体複合体形成を誘導

実験デザイン
- 293F細胞で全長BTN2A1とBTN3A1を共発現させ、微生物由来PAg(HMBPP)添加後、ゲル濾過法により複合体形成を解析。
- クライオ電子顕微鏡で複合体構造を決定(分解能3.70 Å)、さらにB30.2ドメインの分解能を3.46 Åに向上させるため局所焦点リファインメントを実施。

主な発見
- 構造的特徴:BTN2A1とBTN3A1は共にホモ二量体を形成し、細胞内B30.2ドメインがHMBPPと結合することで2:2ヘテロ四量体を構成(図1c)。
- 膜貫通領域の相互作用:BTN2A1の膜貫通ヘリックスは疎水的相互作用とジスルフィド結合(C219-C219、C237-C237)で安定化。BTN3A1のヘリカルドメイン(HD)はC末端とB30.2間の水素結合(例:E282-R365)により「ドメイン交換」様二量体を形成。
- 構造変化:HMBPP結合がBTN3A1 B30.2の構造変化を誘導し、BTN2A1 B30.2との結合を安定化(図1d)。

意義:PAgが細胞内結合を介してBTN複合体の組み立てを誘導する仕組みを初めて解明し、「内側から外側へ」の信号伝達の構造的基盤を提供。

2. BTN3A1とBTN3A2/BTN3A3のヘテロ二量体が複合体安定性を増強

実験デザイン
- BTN2A1、BTN3A1とBTN3A2またはBTN3A3を共発現させ、ゲル濾過とクライオ電子顕微鏡(分解能4.0 Å)で複合体を解析。
- 限定プロテオリシス実験により異なる複合体の安定性を比較。

主な発見
- ヘテロ二量体の優位性:B30.2ドメインを欠くBTN3A2、またはPAg結合能を喪失した変異型BTN3A3は、BTN3A1とより密なHDヘテロ二量体を形成(図2d-e)。
- 安定性向上:BTN3A1-BTN3A2ヘテロ二量体は、BTN3A1ホモ二量体に比べエラスターゼ分解耐性が顕著に高く(図3b)、γδ T細胞活性化能の強さと一致。

意義:BTN3A2/BTN3A3が調節分子としてBTN3A1の構造を安定化し、PAg信号伝達効率を向上させることを実証。

3. BTN複合体がVγ9Vδ2 TCR二量体化を誘導し活性化

実験デザイン
- BTN2A1-BTN3A1-BTN3A2とVγ9Vδ2 TCR細胞外ドメインの複合体構造を解析(分解能4.05 Å)。
- 生物発光共鳴エネルギー移動(BRET)法でTCR二量体化を検証。

主な発見
- 二部位結合モード:1つのTCRがBTN2A1とBTN3A2のIgVドメイン間に「挟まれ」(結合部位A、BSA=1070.2 Ų)、もう1つは遊離のBTN2A1 IgVに結合(結合部位B、BSA=489.3 Ų)(図4a)。
- 構造再配置:TCR結合によりBTN2A1 Ig二量体が25°回転、BTN3A1-BTN3A2ヘテロ二量体は逆方向に15°回転(図4c-e)。
- 機能検証:BRET実験で、HMBPP処理したBTN複合体がTCR二量体化を著しく促進(図5i)。

意義:「二量体化依存的なγδ TCR活性化」モデルを提唱し、BTN複合体が空間配置によりTCR信号を最適化する仕組みを解明(図6)。


研究の結論と価値

  1. 科学的価値

    • PAg-BTN-TCR信号伝達の全容を分子レベルで解明し、γδ T細胞の免疫認識機構における空白を埋めた。
    • BTN3A2/BTN3A3の調節機能を明らかにし、BTNファミリーの機能的多様性の理解に貢献。
  2. 応用可能性

    • BTN-TCR相互作用界面を標的とした新規γδ T細胞免疫療法の設計(抗腫瘍・抗感染治療への応用)。
    • 低分子PAg模倣体やBTN拮抗剤開発の構造的基盤を提供。

研究のハイライト

  • 手法の革新:クライオ電子顕微鏡で全長BTN-TCR複合体構造を初めて決定、膜蛋白質調製の難題を克服。
  • 理論的ブレークスルー:「内側から外側への安定化」と「二量体化活性化」モデルを提唱し、従来のγδ TCR認識パラダイムを刷新。
  • 学際的意義:構造生物学、免疫学、計算シミュレーション(分子動力学など)を融合し、学際的研究を推進。

その他の情報

  • データ公開:構造座標はPDBに登録(例:BTN2A1-BTN3A1複合体、登録番号は追記予定)。
  • 研究の限界:クライオ電子顕微鏡は膜環境の再現に課題があり、ナノディスク技術を用いたさらなる検証が今後の課題。