多能性間質細胞分泌タンパク質による膵島再生におけるサイトケラチン19陽性細胞の寄与

背景紹介

糖尿病、特に1型糖尿病(type 1 diabetes, T1D)は、慢性的な自己免疫性疾患であり、主な特徴は膵臓β細胞(beta cell)が免疫系によって継続的に破壊され、患者が血糖値を調整する能力を失うことである。1型糖尿病患者は通常、生涯にわたってインスリン注射が必要であるが、長期的なインスリン補充は人体本来の膵島機能を完璧に模倣できないため、患者はしばしば重篤な血糖変動に直面し、心血管や腎臓などの合併症が生じ、生活の質が著しく低下する。現在の医療手段では患者の病状をかなり良くコントロールできるものの、膵島β細胞の再生を実現し、根本から患者自身の内因性膵島機能を回復させることは、糖尿病分野で長年追求されてきた目標である。

近年、科学者たちは「Joslin Medalist」研究で、T1Dと診断されてから50年以上経過した一部の患者の膵臓において、残存するインスリン陽性細胞およびCペプチド(C-peptide)の持続的分泌が検出できることを発見し、人体には何らかの内因性β細胞再生メカニズムが存在する可能性を示唆した。しかし、自己免疫反応が継続しているうえに、ヒト膵島再生の細胞由来やメカニズムが未解明であることから、内因性の再生能力をいかに効果的に活性化し利用するかが、研究の難題かつ最前線となっている。

膵臓の発生や修復の過程では、膵管上皮細胞(ductal epithelial cells)、腺房細胞(acinar cells)、既存のβ細胞など多様な前駆細胞がβ細胞の再生に関与している可能性が多数の文献で指摘されている。しかし、実験動物モデルや細胞系譜追跡技術、損傷方法の多様性により、新生β細胞の由来には大きな議論がある。これらの疑問を解明するため、科学者らは外来の介入物質によってこれらの潜在的な原始細胞を刺激またはリプログラミングし、β細胞への分化を促進して膵島再生を推し進める方法に注目し始めている。

現在、間質性幹細胞(mesenchymal stem cells, MSC)およびその分泌する成長因子は、組織修復や免疫調節において重要な役割を持つと考えられている。本研究はこの知見に基づき、MSC由来分泌タンパク質(conditioned media, CDM)、特にWntシグナル経路の活性化条件下で作製したCDMが、膵島再生を誘導・加速できるか、そして再生されたβ細胞の由来を明らかにできるかを探究したものである。

論文の出典と著者情報

本研究論文のタイトルは「contribution of cytokeratin 19-expressing cells towards islet regeneration induced by multipotent stromal cell secreted proteins」であり、Nazihah Rasiwala、Gillian I Bell、Anargyros Xenocostas、David A Hessらによって執筆された。主な研究機関はカナダ・Western UniversityのDepartment of Physiology and Pharmacology、Robarts Research Institute、およびLondon Health Sciences CenterのDepartment of Hematologyである。本論文は2025年にOxford University Pressが発行する学術誌に掲載され、オープンアクセス(Open Access)で公開されており、学術界で広く普及・再利用が可能である。

研究の詳細なプロセス

全体設計

本研究の目的は、MSC分泌物、特にWntシグナル経路活性化下の条件培養液(Wnt+ CDM)による刺激でCytokeratin 19(CK19)を発現する細胞がβ細胞再生に貢献するか、またその際のβ細胞の実際の細胞由来を明らかにすることである。研究では、膵島β細胞除去、CDMの膵臓直接注入、遺伝的系譜追跡など多様な先端技術を用い、以下の主要な実験プロセスに分けて進行した。

1. MSCの培養とCDMの調製

  • MSCの由来と培養:8人のヒト供者から骨髄MSCを採取し、パッセージ4までAmnioMax™培地と15%胎牛血清を用いて培養。
  • Wnt経路活性化:10μMのGSK3阻害剤CHIR99021を添加しWntシグナルを活性化。対照群にはDMSOを使用。
  • CDMの収集と濃縮:24時間後、それぞれWnt+ CDMと対照CDMを回収し、3kDaの超遠心膜を使い20倍に濃縮。最終タンパク濃度は0.1-0.25μg/μlで定量、冷凍保存。
  • MSC表現型の確認:フローサイトメトリーでCD73、CD90、CD105などのMSCマーカーを測定し、CD34、CD45が1%未満であることを確認しMSCの純度を保証。ELISAと細胞画分分離法で、Wntシグナル上昇に伴うβ-cateninの核移行も証明。

2. 動物モデルの構築と細胞系譜追跡

  • 系譜追跡マウスの作製:CK19-CreERTとRosa26-mTomatoの2つの遺伝子改変マウスを交配し、CK19+細胞に特異的かつ誘導可能な追跡モデルを作製。
  • 誘導標識:実験開始7日と6日前に、各マウスへ経口で6mgずつ2日連続タモキシフェン(tamoxifen)を投与し、Creリコンビナーゼを核へ移行させmTomato蛍光タンパクの永久発現を誘導。
  • β細胞消去モデル:50mg/kgのストレプトゾトシン(streptozotocin, STZ)を5日連続腹腔内投与しβ細胞を消去、最終的に非絶食時血糖>12mmol/Lのマウスを実験対象とした。

3. 膵内CDM注射および動物モニタリング

  • CDM注射群分け:STZ誘導高血糖マウスにおいて、10日目(短期・21日間評価)または14日目(長期・42日間評価)に、Wnt+ CDM・対照CDM・通常培地を膵臓に直接注射(20μl、タンパク2-5μg含有)。
  • 生理パラメータ監視:週2回、非絶食時血糖値および体重を測定し、42日目にブドウ糖負荷試験(静脈内グルコース投与後に一定間隔で血糖測定)を行う。
  • 細胞増殖の検出:一部のマウスにはCDM注射後3日間連続で5-ethynyl-2’-deoxyuridine (EdU)を腹腔内投与し、増殖細胞を標識。

4. 組織病理および免疫組織化学

  • 切片作製と染色:膵臓組織を凍結切片とし、インスリン、グルカゴン、CK19、腺房細胞マーカーMPX1など多重免疫蛍光染色を施行。
  • β細胞量定量:インスリン陽性細胞面積/総膵面積×膵重量を計算し、膵島数およびβ細胞/α細胞比を算出。
  • 系譜転分化定量:膵島内のtdTomato+/インスリン+二重陽性細胞割合を測定し、CK19由来細胞のβ細胞分化への寄与を分析。
  • フローサイトメトリー解析:膵臓組織を単細胞懸濁液に消化し、フローサイトメトリーでCK19、インスリン、tdTomato三重標識細胞を定量的に解析。

5. 統計解析

  • データ処理:GraphPad Prism 9を用い、2要因分散分析、1要因分散分析とTukey多重比較を用い、*p<0.05, **p<0.01, ***p<0.001を有意水準とした。

主な実験結果

1. MSC分泌物およびWnt+ CDMの成分解析

  • CHIR99021によるMSC刺激でβ-cateninの核移行が著明に上昇し、Wnt経路が強力に活性化されたことを証明。
  • Wnt+および対照CDMのいずれでも、MSC細胞表現型や活性は良好な状態で維持。

2. CK19+細胞系譜追跡効率と特異性

  • タモキシフェン用量を最適化した結果、全膵細胞中8%、CK19+細胞中21.7%がtdTomato標識を受けた。
  • 腺房細胞(MPX1+細胞)のおよそ17%も低レベルで標識され、インスリン+細胞の2.2%が基準時点でtdTomato陽性。標識の若干の「リーク」が示唆された。
  • しかしCK19タンパク発現は主に膵管上皮に限局しており、系譜追跡の基盤は維持されている。

3. CDMによる膵島再生とβ細胞機能回復

  • 21日短期評価:Wnt+ CDMおよび対照CDM注射群のマウスでは血糖低下傾向が明確で、β細胞量の回復も通常培地群と比べて顕著(Wnt+ 0.45mg vs 対照0.39mg vs 培地0.19mg)。
  • 42日長期評価:Wnt+ CDM群は通常培地群より良好な血糖コントロールを示し、耐糖能も顕著に改善。特に雌マウスではWnt+ CDM刺激によりβ細胞量がより明らかに増加。
  • フロー解析:21日時点でWnt+群のインスリン+/tdTomato+二重陽性細胞の割合は1%から5%に上昇。対照CDM群でも4.3%、通常培地群は依然1%にとどまる。

4. CK19+系譜のβ細胞再生への貢献

  • Wnt+ CDM注射後11日目には、CK19+由来の系譜追跡細胞がインスリンを発現し、主に成熟した大型膵島構造内で膵島に取り込まれることが確認された。一方、小型新生膵島での発現は低かった。
  • また、このCK19+細胞の転分化現象は対照CDM群でも観察され、MSC分泌因子自体が膵島再生に中心的な役割を果たしている可能性を示唆。
  • 42日目には膵島内CK19+/インスリン+二重陽性細胞の割合が低下し、後期では他の細胞種が再生の主役となっている可能性。

5. 膵管-膵島の直接関与性とβ細胞増殖メカニズム

  • 膵島が膵管と直接接触している頻度には各群間で統計的有意差はなかったが、Wnt+ CDMおよびCDM群では42日目の膵島内のCK19+細胞割合が高かった。
  • EDU標識新生β細胞増殖率は3群ともおよそ1%で、コントロールとCDM群間に有意差は認められず。β細胞再生は既存β細胞の自己増殖だけが主因ではないことを示唆。

結論と価値

本研究は、高効率な系譜追跡系を駆使し、動物実験・細胞分子生物学的検出手法を組み合わせて、CK19+膵管/腺房由来細胞がMSC分泌因子刺激下で一部インスリン分泌β細胞に転分化し、障害を受けたマウス膵島再生に直接寄与することを初めて証明した。MSC分泌物(Wnt経路活性化後)は高効率、低免疫原性、直接移植不要な新規バイオ薬剤として明確な組織再生・糖代謝改善効果を示した。

さらに、CK19+系譜の寄与は明確に証明されたものの、新生β細胞の約5%のみがそこから由来することが示され、膵島再生には他にも重要な細胞由来経路が存在することが分かった。今後はアルファ細胞からベータ細胞への転分化や腺房からの転分化など、更なる追跡研究が期待される。また、MSC分泌物の配合最適化と再生タンパク質の高精度同定は、糖尿病の“無細胞”再生薬開発に向け理論的・実験的礎を築いた。

ハイライトとイノベーション

  1. CK19+系譜がβ細胞再生に寄与することを初めて定量的に実証:膵管/腺房細胞が機能的β細胞になる事を動物実験で直接裏付け。
  2. MSC分泌物による誘導型再生モデル:分泌物生物薬を生きた細胞移植に代替する実践的道筋を提案し、臨床応用時の安全性・規制障壁を低減。
  3. 系譜追跡技術の革新的応用:CK19-CreERT×Rosa26-mTomato二重トランスジェニックモデルとフローサイトメトリーを組み合わせ、新生β細胞の系譜を高精度で追跡。
  4. Wnt経路によるMSC再生能の最適化:Wnt経路調節によってMSCの分泌物再生タンパク産生が有意に向上し、個別化細胞製品の標準化に新機軸。
  5. 実験動物モデルの“進化”:免疫不全動物のみならず免疫健常マウスでもMSC分泌因子の再生効果を検証し、成果の臨床的意義を強化。

その他の有用な情報

  • 研究設計が科学的でサンプル数も十分、多くのデータは平均値±標準偏差で報告され、統計手法も規範的であり、結果の信頼性が高い。
  • 結果から異なる性別のマウスでCDMの再生効果が異なることが判明し、今後の個別化医療展開への手がかりを提供。
  • 研究グループはMSC分泌物の自己免疫型糖尿病モデル(NODマウスなど)における免疫調節作用や、より多様な転分化系譜の追跡にも着手しつつあり、β細胞再生の多元的由来論に新たな証拠を加える予定。

研究の意義とインパクト

本研究は細胞・分子レベルから膵島β細胞再生メカニズムの理解を深化させ、再生医療や分子糖尿病治療の科学的発展を後押しするだけでなく、臨床応用可能で安全・有効・由来が明確な膵島再生新薬(MSC分泌物製剤)開発に理論的根拠を提供した。現時点で治癒困難な1型糖尿病に対し、「β細胞再生は自己増殖のみ」という従来仮説を打破し、今後は内因性前駆細胞や複数の細胞系譜の協調再生による機能的膵島再建へと新たな方向性を示した。総じて、本研究は1型糖尿病治療の新たな希望をもたらし、組織再生や細胞分化研究分野の理論体系を豊かにした、重要な科学的・実践的価値を有している。